第83回 食道静脈瘤 ~先生出血がとまりません!~
こんにちはMed-Dis(メディス)と申します。前回はCIRCIについて一緒に勉強しました。
本日は、食道静脈瘤について一緒に勉強していきましょう。
勉強前の問題
① 食道静脈瘤とは
② 門脈圧が高いことで生じる問題
③ 食道静脈瘤の初期治療
④ 食道静脈瘤の治療
⑤ 肝性脳症の治療
食道静脈瘤はアルコールを沢山飲むような地域では非常によく見る疾患だと思います。ただ、最近は減少しているようであまり見ないという方も多いのではないかと思います。急に食道静脈瘤の患者が来院した時どのように治療したらよいか一緒に勉強していきましょう。
第83回 食道静脈瘤 ~先生出血がとまりません!~
本文内容は主に『Dr竜馬のやさしくわかる集中治療 内分泌・消化器編』を参考に記載しています。田中竜馬先生の教科書は非常に読みやすく明快な本が多くいつも出版されるとすぐに手を付けてしまします。救急医療やICU管理の教科書がたくさん出ていますので是非読んでみてください。
Dr.竜馬のやさしくわかる集中治療 内分泌・消化器編〜内科疾患の重症化対応に自信がつく!
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① 食道静脈瘤とは
門脈圧亢進とは
門脈とは上腸間膜静脈と下腸間膜静脈、脾静脈の3つが合わさって生じる短い静脈で肝臓へと流れていきます。この門脈には消化管ほぼ全てからの血流が流れてきてそのまま肝臓へ入ります。栄養や薬剤は消化管から吸収されるので肝臓に流れるということは重要です。
門脈圧は静脈血なので本来は圧が低いはずですが、肝硬変などの肝疾患を罹患すると高くなることがあり門脈圧亢進と呼ばれます。門脈圧亢進は門脈圧が肝静脈の圧よりも5 mmHgを越えて高い場合と定義されます。門脈圧亢進は門脈塞栓症のように肝臓より前で起こるもの、肝硬変や住血吸虫のように肝臓に起こるもの、Budd-Chiari症候群のように肝臓より後で起こるものの3つに分類され、肝臓に起こるものはさらに類洞前、類洞、類洞後に分類されます。ここからは肝硬変による門脈圧亢進について考えます。
門脈圧亢進のは、(1)肝臓内の血管が狭くなる、(2)肝臓外の内蔵血管が拡張するという正反対に見える2つのメカニズムによって起きます。肝硬変では内蔵血管の拡張は主に消化管を流れる血管が拡張してしまい、内蔵血管の血流が身体全体のバランスと関係なくやたらと増えます。
肝硬変の場合は門脈圧較差をみることになりますが、これは肝静脈圧較差(hepatic venous pressure gradient; HVPG)と呼ばれ、門脈圧と肝静脈圧の差を指します。肝硬変では肝臓内の血管抵抗が上昇してしまうとともに消化管の血管拡張により戻ってくる血流が増加するため門脈圧は上昇してしまいます。オクトレオチドは食道静脈瘤の治療に用いられますが、これは内蔵血管を収縮する薬剤だからです。
門脈圧が亢進すると門脈血流は容易に逆流し体循環系を通り下大静脈に注ぐようになります。これをシャントと呼びます。シャントができる場所は決まっており、最も有名なのは食道の粘膜下の静脈で、門脈系の左胃静脈と体循環系の奇静脈の両方につながっています。門脈から左胃静脈、食道静脈、奇静脈、下大静脈という流れで迂回し下大静脈に至ります。その他のシャント部位として、直腸、臍周囲が有名です。
② 門脈圧が高いことで生じる問題
門脈圧が高いことで起こる問題として大きく(1)圧が高いこと自体による問題と、(2)圧が高くて血流が肝臓を迂回することによる問題が挙げられます。
1,門脈圧が高いことで起こる問題
・食道静脈瘤
門脈圧が高いために食道粘膜下の静脈を通る血流とあるが増えて静脈瘤になってしまいます。
・腹水
消化管から門脈へ血流が帰りにくいので血管内での圧が高くなって、漏れ出た水分が腹腔内にたまる。門脈圧亢進で腹水が漏れ出した場合、血清と腹水のアルブミン濃度差(serum-to-ascites albumin gradient SAAG)を測ると1.1 g/dL以上になるのが特徴です。それに比較して急性膵炎のように血管が漏れやすくなって腹水が貯まるときはSAAGが1.1 g/dL未満となります。
・脾腫
脾静脈は門脈へ流れますが、門脈圧が高くなって脾臓の血液が増えると血小板や、赤血球を余計に処分してしまいます。そのため血小板減少症と溶血性貧血が起こります。
2,門脈体循環シャントによって起こる問題
・肝性脳症
タンパクの代謝できるアンモニアやグルタミン、その他にメルカプタンやマンガンなど、中枢神経に作用する物質は本来肝臓で処理されますが、シャントによりそのまま体循環を介して脳へ流れていくと肝性脳症を起こします。
・高、低血糖
腸管から吸収されたグルコースが肝臓に蓄えられますが、シャントがあるとそのまま高血糖となります。また、肝臓に糖を貯蔵できないため低血糖も起こしやすくなります。
・エストロゲンによる症状
肝臓でエストロゲンを処理でする働きがありますがシャントにより、素通りしてしまうと処理できなくなり、女性化乳房や精巣萎縮、クモ状血管腫、手掌紅斑などが起こります。
・感染
肝臓のクッパー細胞には腸管由来の細菌を血流から取り除く働きがありますが、シャントにより素通りしてしまいます。そのため感染症を起こしやすかったり、重症化しやすくなります。
③ 食道静脈瘤の初期治療
A;気道
消化管出血で気管挿管が必要と言ったら、意識障害と大量吐血です。出血を起こすと肝性脳症が悪化することが多いです。肝性脳症で意識状態が悪化することを見越して誤嚥する前に早めに気道確保します。
B;呼吸
肝硬変の患者は基本的に過換気をしているということを知っておきましょう。普段の状態からPaCO2は低めになっている。PaCO2が正常であれば呼吸筋が疲れてきている恐れがあるのですみやかに人工呼吸器を導入しましょう。
C;循環
輸液;食道静脈瘤の場合は輸液の入れすぎに注意します。門脈圧亢進のある患者に急速に輸液をして血圧を正常にしてしまうと門脈圧が跳ね上がることがあるからです。
輸血;ヘモグロビン7~9 g/dLに保つよう控えめに輸血したほうが、9~11g/dLに保つよりも45日間死亡率が低く、再出血率が低く、入院中の合併症が少ないです。過剰な輸血は門脈圧亢進を悪化させる恐れがあるので避けます。血小板やFFPの輸血に関しては明確な基準は有りませんが、イギリスのガイドラインで血小板数≦ 5万、INR>1.5で血小板、新鮮凍結血漿を使うとしています。
食道静脈瘤出血の合併症
・肝性脳症
食道静脈瘤からの出血での合併症として問題となることが多いのが肝性脳症です。食道静脈瘤ができるような門脈圧亢進のある患者では肝疾患も重度であることが多いため、肝性脳症になるリスクが高いのです。肝性脳症を悪化させる要因としては、消化管出血、感染、低カリウム血症、循環血液量減少、低血糖、便秘などがあります。
血中アンモニア濃度と肝性脳症の重症度は必ずしも相関しないです。重症診断には症状が重要になります。以下のWest Haven基準を用いましょう。
肝性脳症の重症度はWest Haven基準
グレード |
意識 |
思考、行動 |
神経学的所見 |
0 |
正常 |
正常 |
異常なし。精神運動検査で異状があれば、潜在性肝性脳症を考慮 |
1 |
軽度の意識障害 |
集中力低下 |
計算能力の低下(足し算、引き算ができない)、軽度の振戦 |
2 |
嗜眠 |
見当識障害(時間) 不適切な行動 |
明らかな振戦、言語不明瞭 |
3 |
傾眠だが刺激に反応 |
明らかな見当識障害、 異常行動 |
筋硬直とクローヌス、反射亢進 |
4 |
昏睡 |
昏睡 |
除脳姿勢 |
食道静脈瘤破裂の患者は感染症を合併するリスクが高くなります。感染は特発性細菌性腹膜炎に限らず、尿路感染症、SBP、肺炎、菌血症の順番に多いです。そのため肝硬変の患者が上部消化管出血を起こした場合には予防的な抗菌薬を開始します。予防投与にはキノロンか第3世代セフェムを投与します。
食道静脈瘤のリスク分類
肝静脈圧較差(HVPG)が≧20 mmHgならば食道静脈瘤の止血困難、早期再出血率、一年間死亡率のいずれのリスクも上昇します。しかし、HVPGを測っている施設は少ないとのこと。
肝疾患の重症度分類
Child-Pugh分類とMELDがあります。
Child-Pugh分類
|
スコア |
||
1 |
2 |
3 |
|
血清ビリルビン (mg/dl) |
2.0未満 |
2.0~3.0 |
3.0超 |
血清アルブミン (g/dl) |
3.5超 |
2.8~3.5 |
2.8未満 |
プロトロンビン時間 (%) |
70超 |
40~70 |
40未満 |
腹水 |
(-) |
軽度 |
中等度以上 |
肝性脳症 |
(-) |
I~II |
III~IV |
MELD
MELD score
= 3.78×loge総ビリルビン(mg/dl) + 11.2×logePT-INR+9.57×logeクレアチニン(mg/dl) +6.43
MELDスコアが11点以下なら死亡率は5%以下なのに対して、19点以上なら20%以上になるという結果になっています。
④ 食道静脈瘤の治療
薬剤編
肝硬変患者の上部消化管出血ではすぐに薬剤療法を開始します。
【急性期】
日本ではオクトレオチドが使われます。オクトレオチドは内蔵血管を収縮させることで内蔵血流を減少させる働きがあります。内蔵血管以外への作用がなく、バソプレシンのような副作用がないため、食道静脈瘤で使いやすいです。食道静脈瘤を疑えば即座に開始します。オクトレオチドを使用する場合は最初に50 ugをボーラス静注投与した後、50 ug/時で持続静注する
【急性期後に使う薬剤】
非選択的β遮断薬
プロプラノロール、ナドロール 肝臓内の血管抵抗↓
カルベジロール 肝臓内の血管抵抗↓ +門脈血流↓
β遮断薬を使えるのは軽症すぎず重症過ぎない患者に限られる
内視鏡編
食道静脈瘤結紮術と硬化療法を比較すると、食道静脈瘤結紮術のほうが再出血が少なく、死亡率も低いです。
結紮が不可能な場合に硬化療法を検討します。
TIPS
・シャントによる治療
食道静脈瘤出血の10~20%で止血困難となりますが、このときにシャントを作ります。軽頸静脈性肝内門脈体循環シャント術(transjugular intrahepatic portosystemic shunt; TIPS)と呼ばれる方法です。門脈圧亢進に対するシャント術には、血管造影で行う方法と、手術で行う方法があります。治療法は肝静脈からアプローチし肝臓の中で肝実質を貫いて肝静脈と門脈を交通させるステントを留置します。それで肝臓を素通りするシャントの経路を作って圧を逃がすという方法です。最近の研究ではHVPG≧20 mmHgであったりChild-pugh分類Bで内視鏡のときに活動出血があったか分類Cといったリスクの高い患者では内視鏡に続いてTIPSを行ったほうがよいという研究も示されています。
シャントの合併症として本来肝臓で代謝されるべき物質が体循環系に直接流れ込んでしまうため肝性脳症が起こします。また、体循環系の前負荷が増えるため、心不全や肺高血圧はTIPSは禁忌とされています。
・バルーンタンポナーデ
S-Bチューブを用いる方法ですが食道静脈瘤結紮術で止血できるようになったおかげであまりみかけなくなりました。方法としてまず、胃のバルーンを膨らませ、胃静脈瘤からの出血を止めます。食道のバルーンを広げて食道静脈瘤を圧迫します。この方法の合併症として、食道潰瘍や誤嚥性肺炎があります。誤嚥のリスクは高いのでS-Bチューブを挿入する前にかならず気管挿管しましょう
⑤ 肝性脳症の治療
気道管理についてですが、『人工呼吸器離脱 ≠ 抜管』です。もともと肝性脳症の患者さんは肺での呼吸は正常なので抜管トライアルをすれば抜管可能であると判断されますが、実際、気道(A)は大丈夫かわかりません。意識障害が回復していないと抜管できないと考えておきましょう。
・肝性脳症の治療
合成二糖類は小腸では代謝されず大腸まで達してそこで腸管内細菌によって乳酸や酢酸に分解されます。そのためpHが低下し、NH3はNH4+イオンとして存在するため吸収されず便へと排泄されることで効果を発揮すると考えられています。1日2~3回軟便が出るくらいで使用します。
抗菌薬
ウレアーゼ活性をもつ腸内細菌を減らすために使用される。リファキシミンが使用されます。リファキシミンは腸管で吸収されないです。
リファキシミンの投与量は1回400 mgを1日3回
肝硬変患者での栄養療法
NGチューブや栄養チューブを入れたせいで出血が悪化することはないとされます。肝硬変患者では肝性脳症の治療だけでなく適切な栄養療法も重要なので経管栄養の役割は大きいです。
タンパク制限食
タンパク制限を行っても肝性脳症で経過に差がないことが示されているため、タンパク制限は行うべきではないと考えられています。
分枝鎖アミノ酸
急性期の治療に静注分枝鎖アミノ酸(BCAA)は効果がないとされており用いません。
いかがでしたか。次回は『急性膵炎』の勉強を行います。