第39回 ICUでのVTE予防 ~弾性ストッキングはかせますか?~

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こんにちはMed-Dis(メディス)と申します。前回はICUでの凝固/止血異常について一緒に勉強しました。

med-dis.hatenablog.com

 本日はICUでのVTE予防について一緒に勉強していきましょう。

 勉強前の問題

 ① VTEの定義

 ② VTE予防の適応は

 ③ VTEリスクの層別化スコアに用いる”Immobility(安静)”の問題点

 ④ 出血リスクの層別化

 ⑤ 化学的VTEの予防の種類と選択は

 ⑥ 機械的VTE予防の種類

 ⑦ いつまでVTE予防を続けるべきか

ICUでは、当然ですが、絶対安静で動かない(動けない?)人が多いですね。その場合に注意が必要なのがVTEですね。以前はDVTや、PEと呼ばれていましたが、近年まとめてVTEと呼ばれるようになっています。対処として弾性ストッキングを履かせることが頭に浮かぶでしょう。現在のおすすめのVTE予防はどのようなものでしょうか。

 

39回 ICUでのVTE予防 ~弾性ストッキングはかせますか?~

 

本文内容は主に『集中治療ここだけの話(田中竜馬 編)』を参考に記載しています。集中治療室での治療方針を最新のエビデンスをもとに書かれており、また読みやすい内容になっています。ご一読を。

 

① VTEの定義

 VTEは静脈血栓症であり、深部静脈と肺血管に血栓が形成されることをさします。深部静脈とは筋膜より深い、頚部・上肢静脈、上大静脈、下大静脈、骨盤・下肢静脈をさしますが、主に下肢の意味で使用されます。下肢の深部静脈は膝窩静脈より中枢側(すなわち下大静脈まで)をさします。また、まれではありますが、上肢静脈内にも血栓をきたし得ます。(重症患者管理マニュアル 平岡栄治 ら編より)

 

② VTE予防の適応は

 日本では「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2009年改訂版)」における、リスクの層別化の方法としては、患者の背景による付加的なVTE予防の危険因子を加味し、各診療科領域の患者に対して個別に推奨文があります。これらの文章にはあくまでもエキスパートオピニオンである。

危険因子の強度

危険因子

弱い

肥満

エストロゲン治療

下肢静脈瘤

中等度

高齢

長期臥床

うっ血性心不全

呼吸不全

悪性疾患

中心静脈カテーテル留置

がん化学療法

重症感染症

強い

静脈血栓塞栓症の既往

血栓性素因

下肢麻痺

ギブスによる下肢固定

 血栓性素因:アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症

 プロテインS欠乏症、抗リン脂質抗体症候群など

 

③ VTEリスクの層別化スコアに用いる”Immobility(安静)”の問題点

 その患者が”Immobility(安静)”に該当するかどうかはVTEリスクの層別化の中核をなす情報です。しかし「ベッド上でも手足を動かしているから大丈夫」「トイレ歩行のみは行っているため大丈夫」など、医師の主観でImmobilityの有無が決定され、VTE予防をするかどうかの判断が大きく影響を受けることは日常経験します。VTEリスクの層別化を目的としたスコアリングシステムは無数にありますが、発表されている17個のスコアリングシステムの中で外的妥当性が検証された定義は6つだけです。日本のガイドラインでは安静の定義は記されていません。ACCPガイドラインで推奨しているPadua scoreでは、安静の定義は「3日以上のベッド上安静(トイレまで歩行可の場合も含む)」と明確に定義されています。

 

④ 出血リスクの層別化

 VTE予防の化学療法を行う前にかならず出血リスクの層別化を行い、出血の高リスクと判断とした場合は化学的予防の代わりに弾性ストッキングやIPCなどの機械的予防を用いる必要があります。日本のガイドラインには出血リスクの層別化方法は含まれていません。

 

内科系入院患者における出血のリスク因子(薬事:2016.8(Vol.58 No.11)69(2515~)

リスク因子

オッズ比(95%信頼区間

リスクスコア

活動性の胃・十二指腸潰瘍

4.15(2.21-7.77)

4.5

3カ月以内の出血

3.64(2.21-5.99)

4

血小板数5万以下

3.37(1.84-6.18)

4

年齢 85歳以上

2.96(1.43-6.15)

3.5

肝不全 PT -INR >1.5

2.18(1.10-4.33)

2.5

腎不全(GFR<30mL / 分 / m2

2.14(1.44-3.20)

2.5

ICU入室

2.10(1.42-3.10)

2.5

中心静脈カテーテル挿入

1.85(1.18-2.90)

2

リウマチ疾患

1.78(1.09-2.89)

2

がん

1.78(1.20-2.63)

1

40≦年齢 <85

1.72(0.91-3.25)

1.5

男性

1.48(1.10-1.99)

1

腎機能障害(30≦GFR<60)

1.37(0.97-1.92)

1

PT-INR:prothrombin time(international normalized ratio) =プロトロンビン時間−国際標準比

GFR:glomerular filtration rate=糸球体濾過量

 

⑤ 化学的VTEの予防の種類と選択は

1, 未分画ヘパリン

 低分子ヘパリンやフォンダパリヌクスは保険適用の問題があるため、未分画ヘパリンは日本で最も一般的に使用されている化学的VTEの予防です。8時間もしくは12時間ごとに5000単位を皮下注射します。ACCPのガイドラインでは化学的VTE予防薬として、未分画ヘパリンは低分子ヘパリンと同じくGrade 1Bです。

2, 低分子ヘパリン

 重症患者に対する化学的VTE予防の効果を未分化ヘパリンと低分子ヘパリンで比較したメタアナリシスによると、下肢DVTの発症頻度に有意差は認められませんでした。しかし、サブ解析では低分子ヘパリンのほうが、未分化ヘパリンと比べるとより肺塞栓症の発症リスクの低下が認められました。また、脳梗塞および脳出血患者においては低分子ヘパリンのほうが未分化ヘパリンと比べてよりDVT全体の発症を低下させていました。以上のことから米国では低分子ヘパリンが好まれる現状にあります。

3, フォンダパリヌクス

 未分画ヘパリンや低分子ヘパリンと直接効果を比較した大規模研究はないが、重症患者に対し化学的VTE予防の薬剤として効果と安全性が確立しており、ACCPガイドラインではGrade 1Bの推奨です。日本では、フォンダパリヌクスは静脈血栓症の発現リスクの高い下肢整形外科術後並びに腹部術後のみに保険適用があります。

4, 経口直接Xa阻害薬

 ベトリキサバンは米国では認可されているが、わが国ではまだ認可されていません。7000人以上の患者による大規模研究では、ベトリキサバンは低分子ヘパリンと比べ、有意にVTEの発症率を低下させたことが報告されています。

5, アスピリン

 アスピリンは動脈系に対する決戦予防効果は認められているが、VTE予防に対する効果は現在のところ不明とのこと。ACCPガイドラインおよび、日本のガイドラインではアスピリンを化学的VTE予防としては推奨していないとのこと。

6, ワルファリン

 ワルファリンは初回投与から治療域に達するまでに日数を要すること、ヘパリン化なしでワルファリンを開始した場合投与開始時は過凝固傾向となることから出血を伴う手技や手術が必要となる可能性が高いことから、ヘパリン化されていない急性期の患者さんに対してVTE予防としてワルファリンを用いることはACCPガイドラインは推奨されていません。

 

⑥ 機械的VTE予防の種類

 VTE予防が必要であるが、出血のリスクが高い患者に対しては機械的VTE予防を行う必要があります。機械的VTE予防を行うには弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法(IPC)そして下大静脈(IVC)フィルターが使用されています。

1, 弾性ストッキング

 弾性ストッキングは下肢を表面から圧迫することで血管系を含めた下肢の横断面積を減少させ、表在静脈のみならず、下肢全体の動静脈の血流の速度を増加させます。2010年に報告されたコクランレビューのメタアナリシスでは、一般外科及び整形外科術後および婦人科術後の患者において弾性ストッキングはVTE予防に有用であることが報告されており、2010年に報告されたコクランレビューのメタアナリシスでは、一般外科及び整形外科術後の患者に弾性ストッキングを使用した場合VTEの発症率が低下した。PEの頻度に関しては有意差は見られなかった。2012年のACCPガイドラインでは弾性ストッキングまたはIPCを使用することを推奨しています。

2, 間欠的空気圧迫法(IPC)

 IPCは動的に下肢の静脈系を圧迫することにより、定期的に下肢の静脈内の血液を近位へ押し出してからにすることに加え、下肢を動かしているときに同じように血管径からのプロスタグランジン賛成の増加PDGF、EDRFの低下による線溶系の亢進が起こりVTE発祥のリスクが低下するといわれています。ACCPおよび日本のガイドラインではVTEの高リスクで出血のリスクが高い患者に対して推奨されています。

3, 化学的VTE予防と機械的VTE予防の両方が必要な場合とは

 整形外科手術後および心臓外科術後の患者においてはヘパリンまたは低分子ヘパリンに弾性ストッキングまたはIPCを併用したほうがVTE発症頻度が有意に低かったとのことです。

4, 下大静脈フィルター

 IVCフィルターは経皮的にIVCに挿入される血栓除去用フィルターであり、理論的には肺塞栓症を予防できます。

 適応は以下の二つです。

 ・急性期の近位DVTまたは肺塞栓症があり、出血のリスクのために抗凝固禁忌の患者

 ・抗凝固療法にもかかわらず近位DVTや肺塞栓症が再発した患者

 これらの適応は治療的IVCフィルターの留置と呼ばれます。これに対し、近位DVTや肺塞栓症をまだ発症していないが、高リスクと思われる患者に対してはIVCフィルターをあらかじめ留置することは予防的IVCフィルターと呼ばれます。近年予防的IVCフィルターは広まりつつあるが、ACCPガイドラインでは予防的IVCフィルターは推奨されていません。

 

⑦ いつまでVTE予防を続けるべきか

 日本のガイドラインにはVTE予防の継続期間についての記述はないです。ACCPガイドラインでは患者が歩行できるようになるか、退院するまでとなっており、VTE予防は安静、または急性期のどちらかのリスクファクターが取り除かれるまで行う必要があると考えられます。

 

いかがだったでしょうか。次回は低ナトリウム血症の対処法について勉強をしたいと考えています。