第80回 粘液水腫 ~粘液水腫の治療は?急いで対処!~
こんにちはMed-Dis(メディス)と申します。前回はNTISについて一緒に勉強しました。
本日は、粘液水腫について一緒に勉強していきましょう。
勉強前の問題
① 粘液水腫
② 粘液水腫の初期治療
③ 粘液水腫の治療
甲状腺疾患を基礎に持っている患者さんはかなりの数がいらっしゃいますね。実際にチラージンを内服している患者さんや、チアマゾール・プロピオウラシルを飲まれている患者さんもたくさんいらっしゃいます。今回粘液水腫についてです。どのように治療したらよいか一緒に勉強していきましょう。
第80回 粘液水腫 ~粘液水腫の治療は?急いで対処!~
本文内容は主に『Dr竜馬のやさしくわかる集中治療 内分泌・消化器編』を参考に記載しています。田中竜馬先生の教科書は非常に読みやすく明快な本が多くいつも出版されるとすぐに手を付けてしまします。救急医療やICU管理の教科書がたくさん出ていますので是非読んでみてください。
Dr.竜馬のやさしくわかる集中治療 内分泌・消化器編〜内科疾患の重症化対応に自信がつく!
- 作者: 田中竜馬
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① 粘液水腫
1,粘液水腫の診断
・定義
重症の甲状腺機能低下症によって意識障害、低体温、その他の臓器不全を起こした状態のことを粘液水腫(myxedema coma)と呼びます。しかし、重症の甲状腺機能低下症と粘液水腫を明確に分けるような基準はありません。
・診断
明確な診断基準がなく甲状腺機能低下症による典型的な臓器不全症状があるものを粘液水腫と呼んでいます。
・粘液水腫の誘因
粘液水腫に進行するには誘因があります。甲状腺ホルモンの補充を中止してしまったり、診断がついていなくて補充が始まっていなかったりです。また、それ以外で多いものとして低温暴露(粘液水腫は冬に起こることが多いとされています)や感染症があります。
・粘液水腫の症状
甲状腺機能が著しく低下している状態を考える。
神経;意識障害は粘液水腫の主な症状ですが、必ずしも昏睡があるとは限らずそれよりも軽症のこともあります。粘液水腫患者の診察では、腱反射は減弱していて、反射の戻りが遅いのが特徴。
体温;粘液水腫では低体温がほぼすべての患者にみられ、27℃未満の重度の低体温になることもあります。
体温が低いほど死亡率が高くなります。また、体温調整ができないため、粘液水腫では明らかな徴候がなくても積極的に感染症の検索をする必要があります。
呼吸;肺胞低換気が起こり、血液ガス分析でPaCO2が上昇する。粘液水腫により中枢の呼吸ドライブは低下して低酸素血症や高二酸化炭素血症に対する反応が鈍くなっている(コントロール系)のと同時に、呼吸筋力も低下している(駆動系)。粘液水腫による巨舌や咽頭の水腫のために上気道が狭くなることも呼吸を障害する原因となります。上気道の症状と合わせて甲状腺機能低下による肥満があることも気管挿管を難しくすることがある。
循環;甲状腺ホルモンの働きでβ1受容体が作られる。甲状腺機能が低下すると逆にβ1刺激が入らないため典型的には低血圧と徐脈を呈する。
消化器;腹部膨満や腹痛、悪心・嘔吐などから急性腹症と間違えられる。腸管からの薬剤の吸収が遅れる。そのため、甲状腺ホルモンを腸管から投与する場合には効果が現れるまでに時間がかかります。
内分泌;甲状腺機能低下症が二次性の場合、粘液水腫と同時に副腎不全が起こる可能性があります。また、自己免疫性甲状腺機能低下症(橋本病)でも副腎不全が起こることがあります(Schmidt症候群)
腎・電解質;典型的な症状に低ナトリウム血症がある。粘液水腫での低ナトリウム血症の機序はバソプレシンの過剰分泌と考えられています。著しい低ナトリウム血症は意識障害の原因となるので、粘液水腫の治療で低ナトリウム血症を急速に補正することも考慮する。
皮膚;甲状腺機能低下症により皮膚は乾燥し、髪の毛は薄くなる。Non-pitting edemaができるのも特徴。
粘液水腫での浮腫はムチンの蓄積なので押しても凹まないという特徴があります。
血液;血算では貧血(正球性~大急性)がみられる。
甲状腺クリーゼ、粘液水腫の症状
|
甲状腺クリーゼ |
粘液水腫 |
発熱 |
低体温 |
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神経 |
興奮、不穏 |
傾眠、昏睡 |
循環 |
頻脈 |
徐脈 |
呼吸 |
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低換気 |
消化器 |
排便回数増加 |
便秘、腹部膨満 |
・検査
甲状腺ホルモン検査
典型的な検査所見
低ナトリウム血症
貧血(正球性~大急性)
高コレステロール血症
CPK上昇(筋肉由来)
LDH上昇
② 粘液水腫の初期治療
粘液水腫では様々な臓器に症状が出るのですが、集中治療的に問題になるのは、神経、呼吸、循環の3つです。
A;気道
気管挿管で注意することは、挿管困難の可能性を予め考慮しておくこと。粘液水腫では典型的には巨舌があり、咽頭にも浮腫があることが多い。
B;呼吸
呼吸に関しては人工呼吸器を用います。換気を増やすには1回換気量または呼吸回数を増やします。代謝性アルカローシスの主な原因は嘔吐と利尿薬の2つだけ。粘液水腫ではNPPVは使用せず確実な換気が行える人工呼吸器を選択します。
C;循環
β1作用により心収縮能と心拍数を上げるとともに甲状腺ホルモンは血管に作用し血管を拡張させます。粘液水腫ではこれらの逆が起きるため拡張期圧の上昇と心拍出量低下による脈圧の低下が特徴です。粘液水腫でのショックは血液分布異常性ショックです。治療としては同じ血液分布異常性ショックの敗血症性ショックと同じように治療します。まずは輸液で前負荷を増やして、それでも血圧が保ってなければノルアドレナリンを使用しましょう。
・ABC以外の初期治療
感染症の治療
感染症があることが分かっていればそれに応じた治療を行います。感染症が粘液水腫のきっかけになることも多いので抗菌薬を使っておいたほうがいいという意見もあります。
低体温の治療
低体温の治療は毛布などによる受動的外部復温で十分なことが多いです。復温時には末梢血管の拡張に伴い血圧が低下する恐れがあります。
低ナトリウム血症の治療
低ナトリウム血症では慢性の経過であれば浸透圧性脱髄症候群(ODS)になる恐れがあるので、24時間で9 mEq/L以下で補正しましょう。意識障害や痙攣といった中枢神経症状のある低ナトリウム血症では脳浮腫のリスクがあるため急速に5 mEq/L程度補正する必要があります。
低血糖の治療
粘液水腫では特に副腎不全を合併している場合には低血糖を起こすことがあります。甲状腺ホルモン・ステロイドでの治療を開始しつつ、血糖値が安定するまでは50%ブドウ糖を間欠投与するか10%ブドウ糖を静注しましょう。
③ 粘液水腫の治療
・粘液水腫のホルモン治療
用量;甲状腺機能低下症ではT4を低用量から開始するというのが鉄則。特に高齢者では50ugぐらいから開始する。粘液水腫のような重症疾患では最初に高用量を投与して、その後から維持量を投与する。T4を使用する場合は初期投与量として200-500 ugを投与する。
甲状腺ホルモン
甲状腺ホルモンは胃管または栄養チューブを入れて消化管から甲状腺ホルモンを投与します。
1,T4のみで治療
初期投与 T4 200~500 ug
維持量 T4 50~100 ugを1日1回
2,T4とT3で治療
初期投与 T4 200~400 ug
維持量 T4 50~100 ugを1日1回
T3 2.5~10 ugを8時間おき
ヒドロコルチゾン 50 mgを6時間おきに静注
ステロイドを使用もする目的は自己免疫性甲状腺低下症(橋本病)に副腎不全が併発することがあります。 もし副腎不全が同時に起こっていたら、甲状腺ホルモンだけを開始してしまうと副腎ホルモンの代謝が増すため副腎不全の症状が悪化してしまいます。そのため甲状腺ホルモンを投与するときにはステロイドも同時に投与しましょう。
④ 粘液水腫性昏睡治療指針(参考)
・レボチロキシン(LT4)50~200μg/日を経鼻胃管から投与する。意識障害が改善するまで継続,あるいは翌日から 50~100μg/日を投与する。
・リオチロニン(LT3)~50μg/日の併用を考慮する。
○副腎皮質ステロイドの投与
・ヒドロコルチゾン 100~300 mg を,甲状腺ホルモン剤の投与に先行して静注する。8 時間ごとに 100 mg を追加投与し,副腎不全が否定されるまで漸減継続する。
○全身管理
・基本的に集中治療室での管理とする。
・呼吸管理:酸素投与は,鼻カニューレにて 0.5~1.0 L/分より開始する。重症例では,早めに気管内挿管下の人工呼吸管理を考慮する。
・循環管理:中心静脈圧を測定しながら輸液量を調整する。輸液や副腎皮質ステロイド投与後も収縮期血圧<80 mmHg が持続する場合は,昇圧剤の投与を検討する。
・体温管理:毛布や室温の調節により保温する。電気毛布などによる急激な加温は,末梢血管拡張によりショックを誘発する可能性があり,禁忌である。
・電解質異常の管理:特に低 Na 血症を是正する。
○誘因(感染症・薬剤)への対処
・抗菌薬の投与
・誘因と考えられる薬剤の中止
(成人病と生活習慣病 48(10): 1084-1089, 2018.)
いかがでしたか。次回は『副腎クリーゼ』の勉強を行います。